◆2012年度

2012年度3月研究例会(第116回オペラ研究会) 終了

 

・日時:2013330日(土)16時半頃~(研究発表) 

・会場:早稲田大学早稲田キャンパス8号館219会議室

・発表者:荒又雄介氏

・題目:核においてのみ生真面目で、ほとんど敬虔に

     ―ロココの喜劇『薔薇の騎士』の前段

 

[内容]

 ホーフマンスタールは《薔薇の騎士》に先だって、R・シュトラウスのためにもう一つ、ロココ風の喜劇を準備していた。表題に掲げたのは、この喜劇を作家自身が評した言葉。友人宛の手紙から抜き出した一節である。ところで彼はその直前に、これとは一見矛盾する三つの形容詞を置いた。「陽気に、図々しく、生き生きと」。実際、喜劇『フロリンドー』の登場人物は、もっぱら朗らかで軽快、それどころかしばしば軽薄である。

 ホーフマンスタールは自作の倫理的メッセージを、登場人物の発言・行動によってではなく、人物の「配置」によって浮かび上がらせようとした。彼が繰り返し用いたRundung という表現は、登場人物が作者のメッセージを代弁することなく、それぞれの内的必然に基づいて振る舞うことを指している。舞台を「生き生きと」駆け巡る彼らは、作者の傀儡であってはならない。

ところが、以上のような方針で作品を書き進むに従って、ホーフマンスタールは自作のオペラ化に困難を感じるようになる。彼の構想の実現には、登場人物の会話の精緻な組み立てが必要で、わずかな詩行と短い台詞だけでは思うような人物造形は実現しそうにない。

 本作頓挫の背景には、Rundung の方針があったと言えよう。しかし、ここで繰り返されたホーフマンスタールの試行錯誤は、《薔薇の騎士》の繊細な台本によって大きな実りをもたらすのである。

 

[質疑応答](一部紹介)

 作品の成立順に関する質問への回答。本作の執筆が暗礁に乗り上げたころ、突然《薔薇の騎士》の構想が出来上がる。これを作曲家に送った後、ホーフマンスタールは喜劇を完成した。

 

[参加者]19名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度2月例会(第115回オペラ研究会)終了

◇日時:2013年2月2日(土)16:30~18:00

◇会場:早稲田大学早稲田キャンパス9号館5階第一会議室

◇研究発表

伊藤由紀氏:明治期伝統演劇界のオペラ理解

      ──雑誌『能楽』『歌舞伎』のオペラ紹介記事を中心に

[内容]

 本発表は明治30年代後半の日本で、オペラは能や歌舞伎のようなものとする言説が散見されることに注目し、当の伝統演劇界のオペラへの反応を、専門誌『能楽』『歌舞伎』の記事を通じて確認した。『能楽』の論客の多くは、能はそのまま保存すべきという立場で、オペラの事例はその主張を補強する目的で利用されている。一方『歌舞伎』の論客らは、オペラを含めた世界の演劇に広く目を向け、それらの特徴を積極的に取り入れようとしている。両誌はともに、日本の伝統演劇の戯曲を西洋のそれと比較して、前者には3人称視点からの語りが含まれると指摘していた。これを受けて、発表の最後に「初の国産オペラ」とされる北村季晴『露営の夢』(オペラとしての初演は明治38年)を取り上げた。「叙事唱歌」として書かれ、3人称視点からの語りを含むこの作品が容易に舞台化された背景には、伝統演劇の影響があったことを指摘した。

 

[質疑応答](一部紹介)

 『能楽』『歌舞伎』の論客の多くは愛好家であり実施者ではないことを確認した上で、実施者のオペラへの反応について質問を受けた。発表者からは、歌舞伎俳優や舞踊家のオペラへの興味を窺わせるいくつかの記事を紹介した。両誌いずれにも寄稿していた坪内逍遙の立場について問われると、能に基づく「新楽劇」の創出を提唱する逍遥の立場が『能楽』では異質であったことを回答した。また、能が保存、歌舞伎が改革に傾きがちなのは、近代以前からの傾向ではないかとの指摘もあった

 

[参加者]18名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度1月例会(第114回オペラ研究会)終了
◇日時:2013年1月12日(土)16時~18時

◇会場:早稲田大学早稲田キャンパス8号館219教室

・第一部:相互査読(会員向け)
・第二部:書籍出版に向けた意見交換 

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度12月例会(第113回オペラ研究会)終了

◇日時:2012年12月8日(土)14時~18時
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 9号館303教室

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◇内容

-第一部:書籍出版に向けた相互査読 (研究員・会員向け)

 

-第二部:研究発表

長谷川悦朗:女性と革命 ―ロルツィングのオペラ《レギーナ》について―

 

[内容]

オペラ《レギーナ》(1848年成立)はロルツィングが同時代に進行していた1848年3月革命という時事的出来事を題材に台本と楽曲の両方を創作した点で、彼が残した十数編のオペラ作品群という範疇にとどまらず、広く19世紀のオペラ作品という枠組においても特異な存在である。現実の革命の帰趨が決着していない時点で完成されたオペラにおいては革命勢力が優勢を保った状態で幕切れとなるが、あわや大惨事という窮地を救うのは受動的姿勢から一転して能動的行動に出るレギーナという女性である。彼女の自己解放には、男性原理のもとで破綻しかけた「革命」が女性原理の覚醒によって成功に導かれる道筋を読み取ることができるかのように思われる。しかしまた、筋展開の中で二度にわたって使用される松明と同様に、劇中の「革命」にも二面性という観点を適用することが可能であり、本作品は革命が肯定でも否定でもある両面価値を内包していることを認識させる。

 

[質疑応答](一部紹介)

作中の男性原理と女性原理について、それが「複数性」に該当するかどうかの質問があった。男性の主要人物は複数者が相互に異なる価値意識を一貫して体現しているのに対して、女性の主要人物はレギーナのみであるものの彼女が結末近くに変貌を遂げることは発表において指摘されたが、それを「複数性」として処理するためには慎重な扱いが必要であることが回答された。また、ロルツィングの没後約一世紀半後にようやく原作者の意図が反映された「初演」が実現した理由を尋ねる質問に対しては、台本作家兼作曲家の創作中に廃止されていた検閲が作品完成とほぼ同時に復活したことが最大の理由であるが、その後も「革命」が一旦成功するという筋書きが歴代の政治体制のもとで危険視されたと推測されることが別の理由であろうという回答であった。

 

[参加者]11名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度11月例会(第112回オペラ研究会)終了

◇日時:2012年11月17日(土)14時~18時頃
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 8号館308教室

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◇内容
-第一部:書籍出版に向けた相互査読 (研究員・会員向け)

 

-第二部:研究発表

関野さとみ:グノーのオペラ《ファウスト》における「マルグリット」像

      ―宗教性と世俗性の表現をめぐって

 

[内容]

《ファウスト》は、グノーがオペラの劇と音楽書法の両方において「宗教性」と「世俗性」を巧みに結びつけることに成功した初期の例であり、グノーのオペラ創作の1つの転換点を示している。発表では、このオペラにおける「聖(宗教性)」と「俗(世俗性)」の要素をテクスト、音楽素材、登場人物の観点から分析し、またそれらの要素がどのような方法で結びつけられているのか、「マルグリット」の女性表象を中心に考察が行われた。《ファウスト》におけるマルグリットは、単にオペラ的な「悲劇の女性」として強調されるのでなく、聖俗を併せ持つ多様な女性像(貞淑な処女/穢れた女/聖女など)を示し、それが音楽表現に反映されることで、このオペラの中で「聖」と「俗」が共存し響き合う上での媒介として機能していることが指摘された。

 

[質疑応答](一部紹介)

質疑では、特に発表者による「世俗性」の定義とメフィストフェレスの解釈について意見が多く出された。具体的には「俗」と「悪魔」の定義の違い、宗教的存在としての「悪魔」の捉え方、また「宗教的か否か」という二分法を超えたメフィストフェレスの解釈をめぐる指摘であったが、それに対し発表者からは、マルグリット、ファウスト、メフィストフェレスの三者の布置とその関係性の複雑さを、引き続き緻密に考察していきたいとの回答があった。また《ファウスト》によるフランス国内でのグノーの評価に関して質問が出されたが、これについては発表者から当時の劇場の上演記録が示され、《ファウスト》を契機にグノーが名声を確立した経緯が補足説明された。

 

[参加者]12名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度10月例会(第111回オペラ研究会)終了

・日時:2012年10月27日(土)14:00~18:00
・会場:早稲田大学早稲田キャンパス9号館5階第一会議室

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◇第一部:書籍出版に向けた相互査読 (研究員・会員向け)

 

◇第二部:研究発表

北川千香子:ワーグナーの反ユダヤ主義と作中人物との関係について

      解釈の歴史的変遷と問題点

 

[内容]

 ワーグナーのクンドリー像は「永遠のユダヤ人アハスヴェル」を下敷きにしており、そこには宗教上、道徳上の文脈で西洋の歴史に深く根ざす反ユダヤ観が認められる。第二次大戦終戦以前までは、クンドリーのユダヤ性はもっぱらこの文脈の中で言及されている。しかし、ホロコースト後、とりわけ1970年前後から、19世紀後半に急激に強まった人種論的な反ユダヤ主義(反セム主義)、ワーグナーの人種論、ナチスのイデオロギーと、クンドリーの身体的、動態的、言語的特徴に見られる他者性、セクシャリティ、死と救済の問題が関連付けられるようになる。

 こうした解釈には、作者の著作や発言を文脈から切り離し、同様に文脈から切り離されたクンドリーのある一面を結び付けるものが多く見られる。また、クンドリーのユダヤ性を強調しようとするあまり特定の側面を先鋭化し、その結果、人物像を歪曲する傾向も認められるなど、クンドリーをユダヤ人カリカチュアとしての類型化する見方の問題点について論じた。

 

[質疑応答](一部紹介)

 クンドリーの身体的特徴の属性はユダヤ人よりもむしろジプシーにあるのではないかとの補足があった。ワーグナーの反ユダヤ主義が19世紀後半の西洋でどのように位置づけられていたのかという質問を受け、ドイツ以外の西洋諸国やロシアでもユダヤ人迫害や反セム主義が過激化し、ワーグナーの反ユダヤ主義はその背景の中で捉えられなければならないことを確認した。また、非キリスト教徒として欧米人の反ユダヤ主義を本質的に理解することの限界について意見が出された。

 

[参加者]19名


2012年度 第4回例会(第110回オペラ研究会)終了

◇日時:2012年7月21日(土)15:00~18:30

◇会場:早稲田大学 戸山キャンパス(文学部)33号館2階第一会議室

◇内容
-第1部 書籍出版に向けた相互査読(研究員・会員向け)


-第2部 研究発表  

仁井田 千絵:「アメリカにおける音楽劇の展開

       ―ガーシュイン『ポーギーとベス』(1935)をめぐって―」

 

[内容] 

 1935年に初演されたガーシュイン作曲の《ポーギーとベス》は、「サマータイム」という歌を通して今日知られている。傑作として評価される一方で、その生成過程を辿ると、この作品は、様々な音楽的・文化的背景が混在するアメリカにおける一つの象徴とみることもできる。
 発表では、原作、ガーシュインのキャリア、1920年代に隆盛した黒人音楽などの流れを踏まえ、「アメリカのフォーク・オペラ」と銘打たれた本作品が音楽劇としてどのように位置づけられるのかを考察した。また随時上演に関する映像に触れ、最後に現在ブロードウェイで上演中のミュージカル化されたプロダクションを紹介することで、本作品が今日持つ意義、上演する際の課題についても触れた。

[質疑応答](一部紹介)
 質疑応答では、作曲者がオペラ作曲を試みたことの時代的背景、オペラとミュージカルの楽曲スタイルの違い、歌詞にみられる黒人のしゃべり言葉の語法、上演の配役や観客層をめぐる人種の問題など、様々な質問がなされた。これに対し発表者からまず、作曲者はシリアスな楽曲への志向も高かったこと、また初演当時は、映画などポピュラー・カルチャーにおけるオペラの人気が高まっていたことの説明があった。
 続いて、本作品をめぐる人種の表象に関して様々な問題があり、アメリカ国内におけるオペラ・ハウスでの上演に初演から40年以上を要したこと、今日ではコンサート形式の上演の方が多いことなど、上演の困難さについても言及があった。さらに、作曲者の意図から外れた、上演時間の短縮や歌唱法の変更によるミュージカル化の試みなど、解釈が多様化している現状についても補足された。

 

[参加者]27名 

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所     ↑↑クリックすると拡大します。


2012年度 第3回例会(第109回オペラ研究会)終了

◇日時:2012年6月9日(土)14:00~18:00

◇会場:早稲田大学・早稲田キャンパス8号館219教室 

◇内容
-第1部:書籍出版に向けた相互査読(研究員・会員向け)

 

-第2部:研究発表

三浦領哉:「ロシア・オペラ史概観*詩人プーシキンの諸作品をめぐって」 

 

[内容]

 ロシアにおいて「ロシアの作曲家によるロシア語のオペラ」が成立するのは、ようやく19世紀を迎えてのことであった。しかし 19世紀後半のムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》やチャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》に代表されるロシア・オペラ黄金時代ののち、オペラはロシアにおける「最有力舞台芸術」としての地位を失うことになる。         

 本発表では、わずか1世紀半ほどのロシア・オペラ史を概観すると共に、それとロシア文学史との間に存在する、ある密接かつ特別な関わりについて考察が行われた。その結果明らかになったのは、ロシア・オペラの歴史と発展を踏まえた上で、詩人アレクサンドル・プーシキン(1799-1837)を主な軸として考察すると、ロシア・オペラのモダニズム前夜における到達点の一つが見えてくるのではないかということである。

 

[質疑応答](一部紹介)
 今回の発表では、神話の不在がロシア・オペラ史のキーワードになっているが、西欧においても神話の再発見は19世紀後半のことであり、その点についてはどう考えているのかという質問があった。それに対して発表者から、ロシアの場合は根本的「体系的な神話」が資料上も残っておらず、ごく一部がフォークロアの中に取り込まれているに過ぎないと説明された。また、神話の不在によって ロシアの音楽界が「民話」を選択した点に関して、特に国民楽派についてはそうであり、オペラに限らず交響詩や組曲の題材にも圧倒的に民話が多いという捕足もあった。

 

[参加者]19名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所

2012年度 第2回例会(第108回オペラ研究会)終了

◇日時:2012年5月26日(土)14:00~18:00

◇会場:早稲田大学・早稲田キャンパス8号館303会議室

◇内容

-第1部:書籍出版に向けた相互査読(研究員・会員向け)

 

-第2部:研究発表

岡本佳子:「世紀転換期ハンガリーにおける象徴主義オペラの諸相」

 

[内容]

 発表では、世紀転換期ハンガリーにおける文学と演劇の運動を概観しつつ、その影響がオペラにどのように現れているのかという問題意識のもと、ハンガリーでもあまり知られていない作品、アーブラーニ・エミル二世のオペラ《モンナ・ヴァンナ》(1907年)が紹介された。

 20世紀初頭のハンガリーではモダニズムが盛んであり、その文学運動には象徴主義の受容も含まれていたが、メーテルランクの演劇作品については象徴主義の代表的な詩文学よりも早い段階で受容されていた。彼の作品を基にしたオペラ《モンナ・ヴァンナ》は、当時の王立歌劇場で盛んに制作されていたハンガリー語オペラである。演劇集団ターリア協会の会員でもあったアーブラーニ・エミル一世がリブレットを書いており、バレエなどの場面が挿入されつつもかなり忠実にオペラ化されていた。ハンガリーにおける、象徴主義運動のひとつの受容としてみなすことができるのではないかとの結びが提示された。

 

[質疑応答](一部紹介) 

 『モンナ・ヴァンナ』はラフマニノフもオペラ作曲を試みたが、メーテルランクとの権利関係で頓挫した経緯があるという。それに関して参加者から、アーブラーニ・エミル二世のオペラの場合は上演もされたようだが、その点問題はなかったのかという質問がなされた。それに対し発表者から、これまで調べた限りでは、おそらく許可を得ずに制作されたものではないかと考えているという回答があった。

 また「象徴主義オペラ」の定義についても質問があった。すなわち今回の発表で、この用語をタイトルに使っている理由が、単に《モンナ・ヴァンナ》がメーテルランクの作品を扱っているからなのか、あるいはアーブラーニの音楽にそうした表現的要素が見られるのか、という疑問である。それに関して発表者から、今回については前者の理由が大きいため、音楽に関する調査の必要性はあるという答えがあった。しかしこの作品には音源がないため、今後は入手した譜面から分析をおこなっていきたいという抱負が述べられた。

 

[参加者]18名

(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所
(C)早稲田大学オペラ/音楽劇研究所